2021年1月5日火曜日

タキシードを昼間に着るなんて

 タキシードといったらタキシード仮面。セーラームーンを一切見たことがないわたしでもタキシード仮面を知っているのだから、日本の20代後半~40代前半の女子はほぼ全員タキシード仮面を知っているだろうと思う。ウェディングドレス屋で花嫁のドレスをレンタルするとき(「布だぜ?」ってくらい高額)、新郎衣装をオマケで借りるわけだが、そのウェディングドレス屋の担当バイヤーなり責任者なりが、「やっぱりタキシード仮面よね」とかいって適当なタキシードを店頭に陳列しているわけだ。たぶん。

タキシードを購入、もしくはビスポークオーダーして保有している人は珍しいと思う。なぜならば着る機会が無いからだ。夜会(とはいったい何なのかすらわからない)とか、チャリティーコンサート?とかチャラいダンスパーティ?とか宮廷晩餐会?とか仮面舞踏会?とかアカデミー賞授与式とか、とにかく一般人にはあまりご縁がない。海外で駐在する人なんかは、そういうたぐいのカクテルパーティ?だかなんだかに御呼ばれすることもあるだろうから、持っている人もいるだろうと思う。ちなみに、日本企業の香港子会社で社長をやっていた知り合いは、ジョンロブのエナメルシューズをオーダーしてタキシード着て夜会?に出席していたらしいが、日本に戻ってきてからその靴の使い道が全くなく、「これ格安でいらない?」とか言われた。(いりません。)

もとい。あまり着る機会のないタキシードだが、タキシード仮面とダニエルクレイグ・ジェームズボンドのおかげで、知名度はある。だから結婚式くらいは着たいじゃない。

ところが、タキシード仮面は、もといタキシードは夜(evening)の準正装であるからして、昼間(daytime)に着てはいけないのです。それがもっとも恥ずかしいのです。こことかこことかこことか、海外でも同じようなことを議論している。

っていうけどさあ、着たかったら着ちゃえばいいと思います。だって日本の結婚式って何か知らんけど白いタイするでしょ?(丸の内〇-ムスハウスとか、今は無き〇ブリンハウスでベテラン販売員に結婚式のネクタイを尋ねたら、白いサテン生地を勧められた。ブラックタイを薦めてほしかったのに。)タキシードは昼間だめ、モーニングコート着ろ、とかいう前に、あの気持ちの悪い白いタイを全部燃やせ!

もとい。そもそもかっこいいモーニングコートとか、ましてやディレクターズスーツとかないでしょ?タキシード(準正装)の昼間バージョンはディレクターズスーツだかんね?ウェディングドレス屋でディレクターズスーツ見せてって言ったら「あれは新郎新婦のお父様がお召しになるものです」って言われるからね?モーニングコートもディレクターズスーツも、上下が揃いじゃないから体の小さい人には似合わないと思うんよね。タキシードだったらカマーバンドもすればあしなが効果もあるょ。スッキリみえるょ。ょょょ。

政治家とか会社の重役とかが来るようなかしこまった式だったら、優先順位を考えてとにかくコンサバに振ればいいと思うけど、ガーデンウェディングみたいなオープンな式とか、こじんまりとした感じの式とか、もっと自由にしていいと思うよ。コムデギャルソンの21SSとかどうでしょう?きっと目立って格好いいよ!!

ちなみに、私の式のドレスコードは、白タイ禁止・デュエボットーニ禁止・ボタンホールが変な色でかがってあるシャツ禁止。

VASSと愉快な仲間たち

 はい、VASSです。内羽根のキャップトウ、ミュージアムカーフっぽい革。青山のスノッブなお店で購入。土踏まず、甲の真ん中がフィットするがつま先がポッコリしているからか、ストレスはない。

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はい、オールデン。出張でニューヨークに行った際、朝8時くらいにそそくさとホテルを出て本店で購入。少し内側に傷があったので値引き交渉した。革っていうのは伸びないんだ、柔らかくなるだけなんだ、と教えてもらった。

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はい、アレンエドモンズ。10年選手。Trading Post別注の雨仕様でゴムソールと油分をよく含む革。どういう革か不明だが、水をよくはじくしとても柔らかい。長年履いているので足になじんでいる。

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はい、ブランドストーン。1901というモデルは、スクエアでもないしポッコリしすぎていないので気に入っている。なんだかんだ言って一番履いているかもしれない。

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はい、アンダンテ。といってもまだ知名度は低いかもしれない。京都のビスポークシューズメーカーで、南シャツのトランクショーでオーダーした。かかと部分が痛くなったため一度修正をお願いしたら、まったく痛くなくなった。革靴を履いているとどこか足が痛くなるものだと思っていたが、この靴はその既成概念を覆した。

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はい、アンダンテ2足目。結婚式用に作ったがコロナ禍で結婚式は延期。普段履きにしている。上記のブローグよりも縫い目が少なく、より足にフィットする。

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はい、フットワークス(当時はSTEMSHOES)。アンダンテでビスポークするまえに、何とか痛くない革靴を作れないかと思い、インソールとともに規制靴もオーダー。結果的に、足の甲にあたって痛いので全然履いていない。修正を依頼したが「履けばなじむ」とか根性論を言われたので、その後も履いていない。履いてないからなじまない。ぽってりしているが、たたずまいは結構気に入っている。ジーンズにも合うので、何とか履けるようにしたいのだが・・・。

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気が向いたらスニーカー編もやります。


里山十帖は意識高い系おばさんの楽園だ

 里山十帖に行ってきたのだった。

東京からは意外と近く、新幹線で小一時間ほど。越後湯沢駅から最寄りの大沢駅まではローカル線は1時間に1本しか電車が来ないので乗り継ぎ時間に気を付ける。ウェブサイトにもあるように、チェックインにあわせて旅程を組む人が多く、ローカル線はジモティーと里山十帖客と綺麗に見分けがつく。

周辺には自然のみ、コンビニなどもない。大沢駅からさらに山に車で10分のところに里山十帖はある。古民家の梁や床みを残しながらも、スワンチェアやLC3などモダンな家具が置いてあり、よくマッチしていい雰囲気。ウェルカムドリンクで自家製の紫蘇ジュースを頂き、大変おいしいと感銘を受けつつも、使用している水が湧き水だと知りピロリ菌の混入を疑ってしまう自分は、里山でリフレッシュする資格がないのかも。

部屋は、狭いながらも北欧家具を中心のしつらえで、その手のデザインが好きな人はたまらないと思う。ユニットバスがアパホテルクラスの並みのレベルだったのが残念だが、大浴場があるからいいのでしょうね。これならトイレと洗面台だけあればよかった気もする・・・。窓から山が見えて、当日は雨でしたけども、それでもいい気分。自宅もそこそこ緑が多いのに全然雰囲気が違うのは、山の中だというのもあるが、カラスが全然いないからだと気づいた。カラスの鳴き声の聞こえない緑の風景がこんなにも落ち着くものだとは。

里山十帖には喫茶スペースがあり、コーヒーや紅茶がセルフサービスで配されている。コーヒー豆も有機栽培の何やら高そうな豆。コーヒー党のわたしは、宿泊中に10杯くらいは飲んだでしょう。おいしかった。その喫茶スペースの、白い壁一面をスクリーン代わりに、エンドレスでプロジェクターからムービーが映写されている。どうやら過去の里山十帖のアクティビティなどをまとめたものらしく、10分くらいなので見てみる。

近くの山で(といっても里山十帖自体が山の中なので、「近くで」が正しい)何らかの植物を採取し、リースリングを作るおばさまたち。近くでとれた何らかの植物を採取し、それを煎じて飲むおばさまたち。近くでとれた・・・。とにかくおばさまたちしか映っていない。おばさまと、その連れのおじさまと、たまに宿のオーナー兼あーとでぃれくたあ?が映っているのみ。間違っても、「おばさん」「おばはん」「おっさん」の類ではない。着てるものも高そうだし、食べるものも気を遣っていそう。映像の中のおばさまがたは全員アルカイックスマイルを浮かべており、まるで極楽浄土で草木と戯れているかのようだった。

里山十帖のハイライトは夕飯だと思う。料理長だかふうどでぃれくたあ?だかが3人ほどいるらしく、野菜がメインでオーガニックでアーユルヴェーダで・・・という前情報もあり、野菜の煮たのがちょろりんと供されたり、いつだったか飲んだたんぽぽコーヒーとかいうクソまずい飲み物が出てきたりするんじゃあるまいな、とか思っていたがすべて杞憂で、大変おいしかった。発酵食品の使い方が巧みで、今までに食べたことがないがおいしい、という経験を2皿ほどした。たった一回の食事で2皿も未経験の味が出てくるとは、ちょっと驚きだった。サーブしてくれたスタッフの化粧だか香水の匂いだかがきつかったのには閉口したが、それを除けば満点。

総じて満足度は高く、また別の季節に行ってみたいな、と思うものの、じゃあもしスリービーハウスとどっちか選べ、と言われたら・・・スリービーハウスを選ぶだろう。単純に海と山では海のほうが好きだというのもあるが、部屋のしつらえの完成度がスリービーハウスのほうが高い。里山十帖は、メインの家具には、それこそ自身のウェブサイトで「この部屋にはどのメーカーの何を置いている」ということまで宣伝するほどこだわっているようだが、それ以外の家具、例えばテラスの椅子、ベッドのサイドテーブル、冷蔵庫、籠、など、細かい調度品はそこまでこだわりぬいているわけでもない、と感じた。他方、スリービーハウスは、ルームスプレーやアメニティ、照明のスイッチに至るまで、十分に吟味検討したことがうかがわれる。(そして、それをことさらに喧伝しないのも好ましい。)お酒の価格もリーズナブルだったしセレクトもいい。スリービーハウスでパコリと出会えたのは僥倖だった。里山十帖の日本酒もおいしかったけど、地元の酒屋で4合瓶1700円で買える日本酒を、一杯1000円で売りつけるのは頂けない。おいしかったけれども。

セールェ…

 小さいカタカナの「ェ」を付けて感嘆を表現する新しい日本語があるようですね。このへんの感覚、すごく好きです。

さて、シリアスショッパー(™ソニアパーク)の皆さんは年に2回、1月と7月の洋服のセールを楽しみにしているかと思います。私もそうでした。しかし、最近ちょっと違和感を感じています。違和感は、Dries Van Notenやらが言っている、コレに近い。ちょっと訳してみましょうか。

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最近なあ、世界中のおしゃれ業界人とかお偉いさんとかでしゃべったやんか。このままの商売でええんかっちゅうはなし。いまコロナとかで大変やん?洋服も売れへんしなあ。ほんでどうするかって考えたんよ。でな、来シーズンからな、売る時期と洋服合わせよか、って話になったんよ。

秋冬シーズンを8~1月の冬にして、春夏シーズンを2~7月の夏にするっちゅうはなし。売る時期をよう考えて、欲しい時にちょうどええもん売ろうっちゅうこっちゃ。ほんでシーズンのほんまに終わりにセールするのよ。ほんだら定価でようけ売れるやん。

あとはそやなあ、製品在庫減らしたりとかITつこて移動減らしたりとかやなあ。

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意訳したらなぜか関西弁になりましたね。原文はもうちょい長いですが要旨はこんなもんでしょう。セールの時期が実際のシーズンとずれているというのはみんな前からそう思っていたはず。

秋冬シーズンを8~1月って、やっぱり世間の認識からずれてないか?少なくとも日本は5月から10月まで暑~いよ。で短い秋が11月にあって、12月から3月くらいまでは寒いよ。春はやっぱり短くて4月くらいだよ。日本においては春夏が4~10月。秋冬が11~3月。くらいのイメージではないでしょうか?購入検討とか準備とかする期間を考えても、それぞれの1か月前くらいから店頭に洋服が置いてあれば十分じゃね?3月に「あ、最近あったかくなってきたかもしれない」と思ってお店に行ったら春っぽい爽やかな服が置いてあって、春一番が吹いたのでスプリングコート買いました。とかなんかいいでしょ。10月、「ツクツクボウシの声も聞かなくなって、夜に鈴虫やらコオロギやらの鳴き声が聞こえるな。そろそろ冬支度か」と思ってお店に行ったら素敵なコートがあったので買いました。とかめっちゃいいやん。Twitterでもバズりそうやん。

はやいところだと7月にすでに秋冬物が並ぶでしょ。真夏のカンカン照りのなか、短パンTシャツサンダルでお店行って、キンキンに冷えた店内でウールのコートを試着する、とかどうなのかな?オーダーメードじゃあるめえし。

あと、もうセールやめればいいんじゃないかな。なんだかセール前提の定価設定に思えてしまって、ますます定価で買う気がなくなってしまう。売れ残りは全部男気焼却処分でいいんじゃないの。焼却処分して誰か困るのかな?もう手に入らない、と思ったら定価で買うんじゃない?ていうか、田舎なら家2軒買えるくらい洋服につぎ込んだ経験からいうと、価格が安いから買っても手元に残らないからね。いいと思ったら買えばいいと思います。定価じゃ買えない~~という人は、まだそれを買うべきステージではないのでは?

セールのときの心理って、「この期間なら●●円で買える!もともと●●円だから、●●円お得!」とかだと思うんだけど、ほんと~うにそれが欲しいんか?といわれるとどう?もしセールではなくて、定価だったら買う?

といいつつ、この夏のセールでもアホみたいに散財したのだった。



テレワークのノイズ

 テレワークの何がいいかって、通勤が無いことだ。少し古いがBBCのこの記事によると戦闘機のパイロットとか暴動対応中の警官とかと同じレベルのストレスを、電車の通勤者は感じているんだって。へぇ~。でも日本に比べたらイギリスの満員電車って大したことないんじゃね?とかおもったらそうでもないみたい。満員電車のストレスといったらもう、雨の日で濡れた他人の傘が当たったり、臭い息のおっさんが後ろからうなじにかかったり、朝晩の軽い拷問のようです。ちなみにこんなにやばいのは都内だけ。なんか問題が根深いよね。東京一極集中の闇の一面です。

テレワークの一番のメリットは通勤省略できることだと言っておいて、「あれ、もともと職住近接している邱永漢スタイルの人はメリット感じているのか?」と疑問に思ったが、まわりにそんな人はいないので想像してみる。極端なことを想定し、都内の自社ビルで勤務する人が、同じビルの別フロアに寝泊まりしているとしよう。通勤時間はエレベーターに乗る30秒。この人はテレワークのメリットを享受できるか??うーん、テレワークってちょっと人に聞くとか相談するとか、適当な雑談とかが難しいんだよね。本当はいい人なんだけどメールの文章がビジネスライクでキツイ人とか周りにいない?ノンバーバルのコミュニケーションて結構大事。

対面NGなのでテレワークをしているから、会議やら面談やらがすべてTV or 電話になる。内勤であっても外勤であっても、人と会話しない仕事は(あまり)ないから、通勤を除いて考えると、テレワークとそうでない場合の大きな違いは、face to faceで会話できるかどうかだ。あまりに当たり前なことなので、自分でも書いててビックリしてる。職人さんとかの技能者も、材料仕入れたり、作ったものを売ったりするときにコミュニケーションは発生するので、同じ問題は直面するよね。まあポールオースターみたいにファックスで編集者とやり取りするようなキワモノはいるでしょうけど。基本的にはコミュニケーションせずに仕事する人はいないよね。

すると、何がテレワークのハードルを上げているかと考えると、情報がデジタルになってしまって、ノンバーバルのコミュニケーションでは伝わっていた情報が切り落とされることなのでは?レコーディングしたてホヤホヤのマスターテープの情報量は大きすぎるからCDにする時点で高音、低音域のデータをカットして情報量をぐっと減らす、みたいな。

一方で、情報の遠隔地への伝達は、古くは馬を使った伝令とか、狼煙とかから始まって、モールス信号みたいな電子信号の送信を達成し、いまや金融システムや契約書、音声、動画も送れるようになった。リアルタイムの動画を送受信できるインフラが整うことで、ようやくテレワークが達成できている。うえに書いたように、もしノンバーバル情報をデジタル通信で送受信できるようになったら、もはや対面は必要ないのではないか。SFの世界だけど、電子化した脳同士をつないで仮想空間でコミュニケーションする、とか。

何が言いたいかというと、テレワークのクオリティは、デジタル通信を可能にしているインフラによるということ。でもそのインフラ技術は個人ではいかんともしがたいので、個人がテレワークのクオリティを上げようとおもったら、データ送受信の端末や操作環境をレベルアップするしかない、ということ。うちの会社では、社内の会議室&外部個人でTV会議をするときには、ショッボ~~イマイク兼スピーカーをつないでいるんだけど、これがたいそう具合が悪くて、結局使われないでいる。脳みそ同士をつなぐにはまだまだ時間がかかりそうなので、人間とネット端末のインターフェイスデバイスを高度にして、同期率(エヴァみたい)を上げると仕事もはかどるんではないかいな。4Kテレビの映像品質で、映画館みたいな臨場感のある音声で、レコーディングスタジオのような収音機能で、もちろん高度なノイズキャンセリング機能付きで、VRみたいな広い視野で、Web会議をしたら・・。

あ、テレワークのメリット一つありました。TV会議ならおっさんの臭い息やおばはんのキツイ香水のにおいを遮断できる!!!

洋服を買わないチャレンジ

 でっきるっかな~でっきるっかな~

ここ数か月コロナっているんで、少し時間ができたりするんですよね。通勤時間とかお出かけとか飲み会とか、そういうのが減ったので可処分時間が増えました。その増えた時間は当然有効利用しなければいけないので、テラハを見たり、寄生獣読み返したり、まな板買い替えたりとかいろいろと重要事項をシバいていくわけですけども、やはり最優先事項としては手持ちの洋服の整理整頓というのがあるわけです。本当はジャスクロとか使って完璧にできたら気持ちいのだと思うけど、簡単にマイクロソフトの例のアレでちゃちゃっと表を作ってみたわけです。

はじめは作業自体結構楽しかったんだけど、後半は結構苦しくなってくるわけ。「え、まだあるの・・・?え、シャツとかまだあるの・・・?」という感じで、過去のおのれの所業と費やした円を悶々と反芻しつつ何とか作業を終えました。総数140点。多いのか少ないんかわからんが、とりあえずきてない服もたくさんあることが分かった。ひとつ困っちゃうのが、過去数度に及ぶ大規模断捨離の結果がこれだ、ということ。最近では昨年末の引っ越しで史上最高断捨離をしたわけですけども、それでもクローゼットから溢れているという事実を自らのことながら信じたくない。

小学生でもわかることだけど、ストックから出ていくフローよりも入ってくるフローが多いわけなので、ストックが増える、という資本主義の真理を自分のクローゼットが体現しているだけのことで、ストックを増やしたくなければインカムよりアウトプットを増やせばいいだけのこと。過去、ストックのキャパシティを増やして失敗したことがあるので、それだけはダメ、絶対。

なので、買わなきゃいいじゃん。という幼稚園児でもわかるような結論に至りまして、過去何十回もこんな結論を横目に見てきたわけですけども、noteに明文化することで、すこしでも自分を律することができればいいとおもいまして、コロナって時間があるということもありまして、ここに宣言するわけです。洋服買いません、とりあえず30日。

おとといから開始しているのですでに3日目。昨日、ユナイテッドアローズという人からドリスバンノッテンのパンツを有償で寄付されたんですけど、これは寄付なのでノーカンですよね。

テラスハウス見たっていいじゃん(テラハ依存症の類型化)

テラスハウスが好きだ、というと、何となく小ばかにされる感じで「へぇ~~」と言われるか、「わたし/おれも~!」と言われるか、はたまた「へえ、テラス付きのおうちが好きなんですね」と言われるかのパターンがある。最後のはまだ言われたことはないけど。

テラスハウスを見るようになったのは、世間がコロなってきて、家で過ごす時間が増えたからというのはきっかけに過ぎず、以前からこのお方のnoteをフォローしていていたので、潜在的にテラハの刷り込みは完了していたのだと思う。

Twitterなど見ると、どうやら楽しみ方は人それだがおおよそ以下の4通りに分類されると考える。

1.恋愛模様を楽しむ、性愛消費者党

2.人間関係の観察を楽しむ、家政婦党

3.人間性や仕事面の成長を楽しむ、お父さん目線党

4.テラハと現実のリンケージを楽しむ、ストレンジャーシングス党

1の性愛消費者党は、テラハで繰り広げられる数々の片思いや両想いの矢印の向きを予想したり、「え、キスしないの??このタイミングで?」みたいなシチュエーションにドキドキしたり、恋愛をテラハのメインコンテンツとしてとらえている党で、おそらく多数派だと思う。制作サイドもこれをメインとしているはずで、製作者側、消費者側とのニーズがマッチしている、資本主義経済の幸せな結実と言えよう。

2の家政婦党は、言い争いなどの日常の衝突とか、誰かがグループからハぶられているのを見てはほくそ笑んだりして、少し意地が悪い。程度の差こそあれ、人間だれしもゴシップが好きなものだが、家政婦党の人はその度合いが高いようだ。

3のお父さん目線党は、30代も半ばを過ぎた視聴者に多いだろう。別に女でもお父さん目線党に入党できる。コミュニケーション能力に不安があった子が堂々と周りと会話できるようになったり、自分探しでモヤモヤしている子がやりたいこと見つけて頑張っていたり、自分の子供の成長を見ているかのようだ。一部の派閥では性愛消費者党と連携することもあり、性愛スキルの成長(あるいは非成長)を楽しむこともある。

4のストレンジャーシングス党は、テラスハウスというある意味でバーチャルな空間を愛でるのではなく、その空間も出演者もこの現実にも存在していることのリンケージを楽しむ、テラスハウスの楽しみ方としては異端児だろう。例えば出演者の服装や小物に着目し、パーソナリティを推測する。あるいは出演者のSNSを隈なくチェックし、TV放映以外の事象について思いを巡らせる。1~3の党が、テラスハウスを「ネタ」として視聴しているのに対し、ストレンジャーシングス党は「ベタ」、あるいは「メタ」として視聴している。(これが言いたかっただけ。)前者のストレンジャーシングス党ベタ派は、少しかっこ悪い。ベタ派は、出演者が卒業した後もネットで情報を収集し、「へ~、こいつもう落ちぶれてやがんな」とつぶやいたり、出演者のSNSを見て憤慨したりしている。ベタ派は1~3の党と結託することもあり、出演者の恋愛観や仕事観に本気で腹を立てたり擁護したりしている。一方のメタ派は、「ネタ」とわかって受け取りつつも、あたかも「ベタ」であるかのようにふるまう。例えば、出演者の所有する小物やインスタグラムの写真などから、パーソナリティや活動を推測する。ベタ派と異なるのは、どうでもいい方向にずらしてそれを解釈したり予測したりする。わからない人にはまったくあさっての推測しているかのようにも見え、「わけわかんね」となるが、同じネタ派には意趣が理解される。まるで現代美術の言語ゲームや和歌の本歌取りのようだ。


あれこれ書いたが、結局のところ、私は性愛消費者党です。